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「現代人にこそ必要な本わさび」大澤俊彦(名古屋大学名誉教授)

 新型コロナウイルス感染の脅威が続く中、日常のライフスタイル、特に食生活の重要性が指摘されています。私たちの持つ免疫力、抗酸化力や解毒力などの生体防御能を高めることが現代人に求められています。私たちの研究グループは、「ファイトケミカル」の機能性に着目しました。まず「ごま」に着目し、その後「本わさび」や「ウコン」といった「ハーブ・スパイス類」、「発酵食品」、「スプラウト」など、多種多様な食品素材の持つ機能性研究へと、研究の幅を広げていきました。



わさ研

本わさびの機能性研究の経緯

 「本わさび」に関する研究は、森光康次郎お茶の水女子大学教授が、名古屋大学の私共の研究室に大学院生として在籍していた時にスタートしました。本わさびには、辛味成分である多くの種類のイソチオシアネート類が含まれており、中でも含有量が最も多いイソチオシアネートがアリルイソチオシアネート(Allyl isothiocyanate; AITC)であり、本わさびの刺激的な辛味の中心成分です。近年、注目を集めている機能性成分として6-メチルスルフィニルヘキシルイソチオシアネート(6-Methylsulfinylhexyl isothiocyanate; 6-MSITC)があります。6-MSITCの機能としては抗酸化作用や解毒代謝酵素誘導作用、抗がん作用や抗炎症作用、抗糖尿病作用や抗アレルギー作用などが確認されています(※1)。最新の研究では、東北大学山本雅之教授らの研究グループを中心に、アルツハイマー症などの認知症改善作用の新たな機能性が解明されてきました(※2)。

本わさびの主な機能性

 本わさびの持つ機能性として、まず、強力な抗酸化性があげられます。白血球の半分以上を占め、体内に侵入したウイルスや細菌、カビなどをいち早く発見して処理する中心的な役割を担っています。 好中球から産生される「ミエロペルオキシダーゼ(Mieroperoxidase;MPO)」は、活性酸素種(Radical oxygen species ; ROS)を産生することで、体内に侵入してくる微生物から宿主を防御の役割を担っていますが、過剰なROSは遺伝子の損傷や炎症を引き起こし、体内の組織や器官を老化させる原因となります(図1)。

(図1)

体内には過剰なROSを消去するSOD(Super oxide dismtase)などの仕組みを備えていますが、加齢とともにその働きは衰えてくると言われています。そのため、ROSを抑制する能力を高めることは老化や認知症などの予防に重要だと考えられています。6-MSITCの作用は、刺激により生成したROSを直接消去するのではなく、好中球のROS産生部位に作用して、ROSの産生自体を抑制することが示唆された。中村宜督岡山大学教授が名古屋大学に在籍時に、パパイヤの代表的なイソチオシアネートであるベンジルイソチオシアネート(Benzyl isothiocyanate ; BITC)を用いた研究からは、BITCが白血球膜上のNADPHオキシダーゼ複合体のシトクロームb558を修飾していることが示唆されており、6-MSITCも同部位に作用を及ぼしていると考えられます(※3)。

 また、人体には体内に入った異物(薬、毒物)を分解あるいは排泄する仕組みがあり、この代謝経路は第1相から第3相に分類されます。第1相ではシトクロームp450などの酵素が異物に極性基などを導入して反応性を高め、第2相ではグルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)などの転移酵素が異物を極性化合物と結合させ無毒化します。そして、第3相ではさらに変換を受けて体外へ排泄されます(図2)(※4)。

(図2)

6-MSITCは転写因子Nrf2(NF-E2 related factor 2)/Keap1(Kelch-like ECH-associated protein1)系に作用し、アンチオキシダント応答配列(Antioxidant Response Element; ARE)からの転写発現を促すことでGSTやNAD(P)H キノン還元酵素(NQO1)などの第2相酵素の発現量を高めることが知られています。森光教授が中心となって、アブラナ科を中心に、ユリ科、ウコギ科などの野菜のGST誘導活性のスクリーニングを行ったところ、20種類の野菜の中で本わさびは最も高いことが報告されています(図3)(※5)。

(図3)

様々なストレスにあふれた現代人にとって、免疫力や抗酸化力、解毒力を高めることは重要な防御方法です。最近、高齢者にとっておおいに問題となっている「フレイル」と「フリーラジカル障害」の関連性も着目されていますので、本わさびの効果に関する研究の進展が期待されています(※6)。

参考文献

※1.井出悠葵、ワサビ、スパイス・ハーブの機能と応用(監修:森川敏生)、p.152-165、シーエムシー出版、東京(2020)
※2.Uruno A et al., Nrf2 suppresses oxidative stress and inflammation in App knock-in Alzheimer’s disease model mice、Molecular and Cellular Biology, 40, 2020.
https://doi.org/10.1128/MCB.00467-19
※3.Miyoshi N, et al., Benzyl isothiocyanate inhibits excessive superoxide generation in inflammatory leukocytes: implication for prevention against inflammation-relatedcarcinogenesis, Carcinogenesis, 25(4), 567-575 (2004)
※4.Morimitsu Y et al., A sulforaphane analogue that potently activates the nrf2-dependent detoxication pathway, Journal of Biological Chemistry, 277, 3456-3463 (2002)
※5.Morimitsu Y et al., Antiplatelet and anticancer isothiocyanates in Japanese domestic horseradish, wasabi, Biofactors, 13, 271-276 (2000)
※6.大澤俊彦、フレイルとフリーラジカル障害、Bioindustry、38(1), 30-40 (2021)

名古屋大学名誉教授

大澤 俊彦

愛知学院大学・人間総合科学大学 特任教授

東京大学農学部卒業後、同大学院博士課程修了。 オーストラリア国立大学リサーチフェロー、カリフォルニア大学デービス校客員教授、名古屋大学生命農学研究科教授を経て名古屋大学名誉教授、その後、愛知学院大学心身科学部教授、同学部長を経て、現在、同特任教授(人間総合科学大学特任教授を兼任)農学博士。

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